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2019年03月09日 土曜日バード サンクチュアリ

むかしむかし、『鳥』というアルフレッド・ヒッチコック監督のサスペンス映画がありました。興味のあるかたは観てみてください。

私は鳥というと、父かたの亡き祖父を思い出します。祖父は小鳥が好きで家の土間にはいくつかの鳥かごがあって、文鳥やインコ、カナリヤ等を飼っていました。ある日、5歳位だった私が小鳥を見ていると、いつもしかめっ面をしていた寡黙な祖父が餌の交換をしながら「この間、文鳥が1羽逃げちゃったんだよ・・・。」とめずらしく話しかけてきました。そして餌やりを終えて土間の引き戸を開け外に出て、「文鳥、戻ってこないかなぁ。かごの中が嫌だったのかなぁ。文鳥、飛んでいないか一緒に探してくれるかい?」と2人で電線や家の屋根と青い空を見上げました。

今回は自然の中で生きる鳥等を観察できる、都立光が丘公園の中にあるバード サンクチュアリです。都営大江戸線光が丘駅より徒歩15分弱。開園は土曜、日曜、国民の祝日です。(12/29~1/3は閉園しています。)また、時々平日も開いている時があります。

バードウォッチングするには、腰を据えてじっと待つことが必要ですので、この時期は暖かい格好をして気長に余裕をもって行く事をおすすめします。小さな望遠鏡が設置されていますがオペラグラスとかあるといいかもしれません。

そしてまた話はそれてゆきますが、先日もうすぐ高校生になる息子が中学校から帰ってきて、「今日の授業、マジエグかったわ~。」とぽつりぽつり話し出しました。私はカエルの解剖でもしてきたのかな?と思いながら話を聞いていると、食肉加工についての授業でした。

私は料理をしながら母かたの亡き祖父母の家にいた時の事を思い出しました。祖父は稲を育ててお米を売り、役場でも働いていました。祖母は畑で野菜を作り、当時、養蚕もしていました。庭には鶏小屋にニワトリがいて、番犬や猫(ネズミとり係)が歩いていました。自給自足の生活です。

ある日、祖父が「絞めるか。」と一言、言いました。家族の気持ちの空気がざわりと動きました。母は当時5歳位だった私に、「ニワトリ、食べちゃうんだよ~」と子供みたいに教えてくれました。でも、その日のごはんにはニワトリはでてきませんでした。それから私は気が付いた時、鶏小屋に行ってニワトリを数え、見つめていた数日後、いつのまにか親子丼となり、私は何事もなく美味しくいただきました。

私が小学校高学年位の頃、母の料理を手伝いながら(ニワトリは絞めませんでしたが)ニワトリの絞めかた、さばきかたをざっくり話で聞きました。こういう食べるための出来事がすっぽり抜けて、スーパーで綺麗に大量に並んで売られているお肉、という結果だけが当たり前になっている都市生活は私も居心地がよすぎてエグい事をうっかり忘れていました。

そして、結構キツい授業だなぁ、と思う反面、ありがたく、また、食肉動物の魂についても考えさせられてしまいました。

「でもさ~、今あるこうした便利な生活は消費者がいて生産者がいてお金という道具によって繋がってあるんだよ~。まぁ、難しいけれどあんまり偏りすぎず、バランスをとりながら(食事もね)、色々な意見や本など見聞きして色々考えるのはいい事だと思う。」と私は話しながら、豚の生姜焼きとポテトサラダとお味噌汁とごはんをテーブルに出し、お風呂掃除をしに行きました。掃除から戻ると、息子は自分の部屋に行ったようで、テーブルには手をつけていない豚の生姜焼きがありました。

その2,3日後、テレビのニュースで「東京都でベトナム人がカルガモを捕獲して自転車のカゴにいれて走っていたところを警察に鳥獣保護管理法違反により逮捕されました。ベトナム人は日本食が口にあわず、カモ肉を使ってベトナム料理のおかゆに入れて食べようと思っていたのだそうです。」と、ものすごく真面目にアナウンサーが伝えていました。

そういえば、水族館のイワシの大群やマグロを見るとおいしそう、と思う時があるよなぁ。(私だけ?)それと似ているのかな?違うかな?

そして、動・植物(ハエトリ草等)の生きる為の本能や自然界と、人間のつくった社会で生きるための法律とお金の矛盾について、1周まわって改めて考えさせてくれた出来事だなぁ、と思いました。

・・・板橋区不動産屋さんのつぶやきでした。

文と写真/原田 真利

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